融けだす透明
蝉が鳴いている。ジリジリと汗が噴き出るほど暑い炎天下。太陽の光が反射してきらきらと輝く噴水。まさに夏、という感じだ。隣に居る荒船は、先ほどコンビニで購入したパピコを袋から取り出し、半分に分けて私に渡した。冷えたコンビニの冷凍庫から急な暑さに晒されたせいか、表面は結露して濡れていた。
「もう夏も終わりだな」
「そうだね」
渡されたパピコを口に咥える。味はチョココーヒー。パピコの鉄板である。ソーダ味とかカルピス味とかたまにあるけど、私はやはりこの味が好きだった。
「今年夏らしいこと何したっけ?」
「花火と夏祭りぐらいじゃないか?」
「うわ、全然夏堪能してなくない?やばい」
「仕方ないだろ、俺たちは受験生だからな」
それもそうかあ、と溜息を吐きながら木にもたれかかる。私たちは高校三年生。このご時世、就職するものなんてほとんどいなく、大学進学を希望する者が殆ど。夏を制するものは受験を制する、なんていうくらいだし、夏休みは半ば勉強漬けだった。花火や夏祭りも息抜き程度で、去年ほどはしゃいだりバカしたりはしていない。
「他にしたかった夏らしいことってなんだよ」
「んーーー…かき氷食べたり、海で焼きそば食べたり、あとはプールとか……あっ、あとバーベキュー!」
「食べ物ばっかじゃねーか」
「うっ、うるさいなぁ。別にいーじゃん、おいしいじゃん」
くくくと笑う荒船に、頬を膨らませ、怒ってるぞアピールをする。しかしそのアピールを見た荒船はさらに笑った。爆笑だった。とんでもなく失礼な奴だ。
「ま、来年やれよ、その辺は。俺らどーせ、来年も暇しててみんなで集まってんだろ」
「……来年、ね」
荒船の言うみんなというのは、たぶん同い年の人たちのことだ。村上、穂苅、当真、あとたまにカゲ、犬飼、北添とかも混ざる。私はそのグループの中だと紅一点だけど、薄情なことにみんな私のこと女子扱いしたりしない。でも、それが逆に心地よかった。
「あのさ」
荒船がちらりとこちらを見る。ぱちり、と目が合った。ひとつ大きく呼吸して、私はその瞳に告げた。ざああ、と風が葉を揺らす。
「私、……高校卒業したら、三門市出るんだよね。両親の都合で」
「…………そうか」
俯いて、顔を合わせないようにする。ミンミン蝉が鳴く。噴水が変わらないテンポで噴き出て、流れる。また、風が吹いて葉が揺れた。荒船は何も言わない。私も口を開かない。何もせず、暑い中ぼんやりと立っていた。ただただ、沈黙が流れていた。
沈黙を破ったのは、荒船だった。
「大学も、そっちなのか?」
「……うん。もうオープンキャンパスも行ったし、志望校も決めてる。滑り止めも。」
「そうか」
パピコの先端を小さく噛む。先ほどから食べていたので、もう中身はほとんど残っていない。僅かに残ってるその少ないアイスも、溶けて固形から液体へと姿を変えていた。
ちらり、と荒船の方を見ると、私と同じようにパピコの先端を噛んでいた。私と同じように、やるせない気持ちをぶつけているのだろうか。
「……うるさいやついなくなってせいせいする、とか思ってるでしょ」
「……は?」
「私にはわかるんだから、何年一緒にいると思ってんの」
「おい」
「私も、アンタらと離れられてスッキリするよ。毎日騒がしくて落ち着かないんだよねぇ。」
思ってもないことを、口からどんどん零れ出る。こんなこと、言うつもりなかったんだけどな。つい嫌味みたいな、嫌なことばっか言ってしまう。とんだ天邪鬼だ、と自嘲する。
「……んなこと、思ってねぇよ」
「え?」
「お前がいなくなるなんて、寂しいに決まってんだろ」
「っ……! ごめん、言い過ぎた」
わたしも、寂しいよ。
小さくこぼれ落ちる本音。そうだ、寂しい。みんなと離れるなんて、寂しくならないわけがない。
両親の言い分もわかる。ボーダーが守ってくれてるとはいえ、謎の化け物がいつ襲ってくるかわからない町だ。こんな危険なとこではなく、ちゃんと安全で平和なところで暮らしたほうがずっといいに決まっている。それでも、私のわがままで、高校いっぱいは三門市にいさせてもらってる。最初は、仲のいい女友達と離れたくないため。今は……荒船たちと、まだバカしていたいため。でも、そのわがままはいつまでも続けていられない。
「っ、やだよ、私っ、荒船たちと離れたくないよっ……」
目頭が熱い。言葉も嗚咽交じりになっている。やだな、泣くつもりなんて無かったのに。でも、ここにいるのは荒船だけだし、みんながいるよりはまだマシか。ぽろり、と雫が頬を伝う。その瞬間、視界が暗くなり、ぬくもりに包まれた。
「あ、らふね」
「泣くんじゃねーよ、バーカ」
背中をぽんぽん、と一定のリズムで叩かれる。まるで赤子をあやすようだ。でも、なぜだかその動作に安心して身を委ねてしまう。そっと荒船の背中に手を回す。
「お前が三門市を出ても、休みにでも遊びに行ってやる。アイツら引き連れてな」
「……うん」
「永遠の別れってわけじゃねえんだ。そんな泣くことないだろ」
「うん……ありが、とう、あらふね」
ぼろぼろと涙は止まらない。ぎゅっと荒船の服を握りしめる。暑いはずなのに、荒船は何も言わず、ただ背中を叩き続けた。蝉はうるさく、まだ鳴いていた。
title リラン
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