裸足で踏みならすロマンス
『トリオン露出過多、緊急離脱』
『10本勝負終了。勝者、荒船哲次』
ぼすん、とベッドに落下したと同時にそんな機械的音声が聞こえた。
△▽△
「だぁあー!負けたーー!」
「うるせえ黙って食え」
「あいたっ」
食堂の席に着くなり叫ぶと、荒船先輩にトレーで頭を叩かれた。痛い。ジンジンと後頭部に痛みが広がる。
「痛いじゃないですか! いじわる!」
「うるせえのが悪い」
「いいじゃないですか私以上にうるさい人もいるんですし」
証拠に、私が叫んだことに気付いた人はほんの周りの人だけだ。その上、その気付いた人たち何事もなかったかのようにご飯を食べている。少しくらい騒いでも大して迷惑になるわけでもないのだ。……たぶん。「普通に考えて迷惑だろ」と言った荒船先輩の言葉は聞かなかったことにする。
割り箸を割り、両の手のひらを合わせていただきます、と小さくお辞儀する。今日の夕飯はうどん。9月とはいえまだまだ暑いので、冷たいザルのやつだ。ちなみに荒船先輩はお好み焼きである。相変わらずブレない人だ、とうどんをつゆにつけながら思う。
「にしても、先輩も物好きですよね。誕生日プレゼントが模擬戦だなんて。どっかのA級3バカと変わりませんよ」
「アイツらと一緒にすんじゃねーよ、俺は久々にお前を斬りたかったからだ」
「えっひどい」
今日は荒船先輩の誕生日である。そのお祝いに私はなんでもしてあげますよ、と言ったのだが返ってきた言葉は「模擬戦付き合え」だった。それで先ほどまでソロの模擬戦をし、ボコボコにされてきたところなのである。ボコボコというより、斬られまくっただけだけど。
「てかなんで弧月使ったんですか。狙撃手のくせに。嫌がらせですか」
「攻撃手と狙撃手の模擬戦なんてつまんねーだろ」
「それもそうですけど……」
荒船先輩がお好み焼きを口に入れながら指摘され、何も言えなくなる。確かに、攻撃手と狙撃手の模擬戦なんてつまらない。攻撃手が見つけるのが先か、狙撃手が狙撃するのが先かのゲームなんて、ただのかくれんぼだ。だから今回は荒船先輩が攻撃手だったころのトリガー、弧月を使ったのだろう。
「つかお前、もっと頭使って動けよ。理論は叩き込んだろ?」
「叩き込まれましたよ、嫌という程! これでも動いてるつもりなんですぅー」
ぶうぶうと唇を尖らせる。そう、私は荒船先輩が弧月を使っていたころ、弟子入りしていた。村上先輩が入隊する少し前のことである。その際に荒船先輩の考える攻撃手としての動き方など、理論を教えられた。否、叩きこまれた。しかも半ば無理やり。でも、当時私は実戦したい、勉強してないで戦いたいと不満たらたらであったが、教えられた理論のおかげで確実に強くなったのは悔しいことに事実である。
「ま、多少は動き良くなったけどな」
「……先輩がデレた。明日雪でも降るんじゃ」
「おい。お前もっかい模擬戦するか? 八つ裂きにすんぞ」
「ぎゃーもう勘弁! これ以上ポイント減るのは…!」
ひいい、と頭を抱えて防御するような動作をすると、冗談だよ、と笑う荒船先輩。すみません私には全然冗談に聞こえません。こわすぎる。安堵のため息を吐き、ずるずるとうどんを啜る。
「来年のプレゼントも模擬戦でいーぜ。あ、でも今度は30本くらい付き合ってもらうかな」
「うわ、来年もボコボコにする気ですか。カワイイ弟子を。」
「カワイイとか自分で言うなよ。そんで負けるのはお前が弱いのが悪い」
「ぐぬぅ」
反論は出来ない。まあ長いこと攻撃手やっているが、8000点の壁を越えられないから仕方ない。マスタークラスまで届きそうで届かないという焦れったい位置に私はいるのだ。がんばれば行けないこともないだろうけど……おそらくすぐ負けてまた7000点台に戻ってしまいそうだ。はあ、と小さくため息つくと、頭にぽん、と手が置かれた。荒船先輩の手だ。そのまま、ぐしゃぐしゃと私の頭をかき乱す。
「う、わ、せ、先輩?」
「がんばれよ、。これでも、お前に期待してるんだからな」
ずきゅん。心臓あたりに何か貫かれたような感覚。どくどくと心臓の音が早くなる。
ずるい、本当にずるい。 荒船先輩はこうやって、私がしてほしいことを、私がほしい言葉を、いつだってくれるんだ。そんな荒船先輩のこと、好きにならないわけがないじゃないか。
「先輩、」
「んー?」
「お誕生日、おめでとうございます。これからも、よろしくお願いしますね」
「……おー」
ありがとな、と照れ臭そうに笑う荒船先輩は、今日の中で一番素敵な笑顔だったと、私は思った。
title リラン
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