しあわせはまだとおい
東堂尽八という男は、人気者であった。
自他共に認めるその整った容姿に、話題が尽きることのないほどのトーク力。そんな彼は男女問わず好感を持たれ、クラスの中心的存在であった。女子に恋愛感情という意味での好意を持たれることも少なくなかった。
そんな東堂尽八には、密かに想いを寄せている女子がいた。
「隼人、見てくれ。今日もさんはかわいいと思わないか?」
「あー、そうだな」
「む、返しが雑ではないか。もっと真剣に聞いてくれ」
「いや、そんな話毎日されたら嫌でもこういう対応になるぜ?」
朝の始業前の時間。廊下で友人と談笑するを東堂と新開は教室から窓越しに見ていた。否、新開自体はスマホをいじっており、東堂だけがをその瞳に捉えていた。
。彼女こそ、東堂尽八が片思いをしている相手である。出会いは入学式、偶然落としてしまった寮の鍵を拾ってもらった時に、一目で恋におちてしまったのだ。いわゆる一目惚れであった。
「どうしたらさんにお近づきになれるのだろうか……」
「普通に話せばいいだろ。おめさん、トークには自信があるんだろ?」
「それが、さんを前にすると何を話せばいいのかわからなくなってだな……いつものトークが出来んのだよ」
「はあ……尽八って意外とヘタレなんだな」
「うるさいぞ」
じっとりとした目で新開を睨む。東堂だって、話せるのならと話したい。いつもの尽きぬ話題で、延々と会話していたいのだ。だが、どうしても彼女を前にすると緊張してしまい、言葉が上手く出てこない。何を話すか事前に決めても、話そうと口を開くと途端に何を言うべきか忘れてしまい、頭が真っ白になってしまうのだ。
「目の前にすると話せないのなら、LINEとか、メールはどうだ? 文面上ならなんとかなるだろ」
「……LINEもアドレスも知らない………」
「LINEくらいなら、俺が教えるぜ? 去年同じクラスだったから知ってるし」
「ほ、本当か!? ……いや、でも、他人経由で知るのはなんかズルい気がする……ああっ、でも知りたい……」
頭を抱える尽八に、どうしようもないな、こいつ。と新開は思ったがが、彼のメンタルを気遣い口には出さなかった。
その日の昼休み、東堂は珍しく図書室へ来ていた。目的は暇つぶしに借りて読み終わった本を返却し、また新たに借りる為。今回はどのような本を読もうか、と図書室を見渡す。東堂の好みは歴史や時代モノの小説であるが、たまには違うジャンルも読みたいと思い、ふらふらと新刊のあたりをふらついていた。
映画化されたばかりの恋愛小説、今話題のアニメのノベライズ、人気の推理小説の新シリーズ。どれにしようかと見定める東堂の横から、スッと手が伸びて一冊の本が取られた。東堂はふと、その手の主を見て、ドキッと心臓が高鳴った。
「さん……!?」
「あっ、東堂くん。東堂くんも何か借りに来たの?」
「あ、ああ」
なんという偶然だろう。東堂は神に感謝した。想い人であるは違うクラス。その為、中々話す機会が無くこうしてきちんと話すのは久しぶりなのである。東堂は何か話題を、と目をきょろきょろさせると、ふとの手の中にある本が目についた。
「さん、その本……」
「これ? もしかして借りたかった?」
「いや、そうではなくてだな。面白いのかどうか気になっていて……」
「あ、なら先借りていいよ? どうせ読むのに時間かかるし、まだ買ったのに読んでない本もあるから」
「あ、ありがとう」
「……」
「……」
……会話終わった!! もっと頑張れよ俺!!!!
心の中で思い切り嘆いた東堂。久々に会話できたのに、こんなに短いのだ。嘆くのも仕方ない。じゃあこれで、と去ろうとするに、東堂は思わず呼び止めてしまった。
「ん?」
「あ、その」
何も考えずに呼び止めたことを後悔する。何を話せば、と思ったところでふと思い出したのは今朝の新開との会話だった。
「ら、LINE! LINEを、教えてくれないだろうか!」
「隼人! 聞いてくれ!」
翌日の朝、東堂は嬉しそうな表情で新開の元へ駆け寄った。新開はそんなに幸せそうな東堂を見るのは久々で目をぱちくりとさせた。しかし東堂が突き出したスマートフォンの画面を見て、すぐにその表情の理由を把握した。
「昨日偶然図書室で会ってな! がんばって聞いたんだ!」
「おお。がんばったな尽八」
「だろう!?」
東堂のスマートフォンにはLINEの友達一覧の画面に、という名前が刻まれていた。だらしなく頬を緩める東堂。それだけ嬉しかったのだと察することが出来た。
「で、どうだ?」
「? どうだ、とは?」
「さんとLINEしてるんだろ? どんな会話してるんだ?」
ぴたり。東堂の動きが止まった。
「……尽八、まさか」
「……実は、いざトーク画面を開くと、なんて送ったらいいかわからず………」
新開は全てを察した。そして呆れた。いつもはあんなに自信満々な東堂が、ここまでヘタレだと思わなかったからだ。新開はもちろん、彼の恋を応援している。だがここまでくるとちゃんと両思いになれるのかと不安になった。
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