やさしい心音

さん、人は三十秒のハグで一日のストレスと三分の一が解消されるらしいですよ」
「はい?」

 バイトから帰ってきた私を出迎えるなり、豪さんは突然そんなこと言い出した。大きく両手を広げて、まるでハグを待っているかのような彼の行動に思考回路が追いつかない。

「え、っと……、豪さん?」
「ハグ、しないんですか?」
「いや、いやいやいや、ちょっと待ってください。いきなりすぎて頭追いつかないんですけど……、急にどうしたんですか?」
さんにストレス解消してもらいたくて。今日も一日お仕事で疲れたでしょう?」

 「なので、はい」ともう一度ハグを促すように大きく両手を開く。その表情は活き活きとしていて、恐らく本当に私のストレスを解消させたいだけなのだろう。これはたぶんだけど、私からハグするまで豪さんはここから一歩も動く気がないことも察せられた。

「……それじゃ、失礼します」

 すーはー、と深く呼吸をして覚悟を決めてからその身体に身を寄せ、背中に腕を回した。ぎゅう、と互いを腕で閉じ込め合えば、布越しに豪さんの体温が伝わってきた。心地良いような、本当にストレスが解消されてくような。そんな気がしなくもないけれど、正直心臓が馬鹿みたいに騒いでいてそれどころではないのが現状だった。

「……さん、どうですか? ストレス、解消されそう?」
「……ちょっとドキドキしすぎて、わかんないです」
「はは。実は、俺もです」

 ああ、この全身波打つような鼓動は私だけのものではなかったのか、と気付くと嬉しくなって思わず頬が緩む。そのまま顔を上げれば、自然と視線は絡み合った。まるで引かれ合うように唇と唇が重なった。触れるだけのやさしく柔らかい熱に溶けてしまいそうになる。熱が静かに離れると、頬をほんのり桃色に染めながらこちらを見つめる豪さんが見えた。

さん」
「なんですか?」
「もう一回、してもいい?」
「……一々聞かなくてもいいんですよ、豪さんは私の恋人なんですから」
「そっか」

 くすくすと、でも嬉しそうに豪さんが笑えば、もう一度顔が近づいて唇に熱が触れた。何気ないこの触れ合いが、甘い時間が。何よりのストレス解消方法なのかもしれない、と私は彼と口付けを交わしながら思うのだった。

title 3秒後に死ぬ

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