盲いた理想論
!終局特異点バレ
ドクターが、ロマニ・アーキマンが好きだった。その優しさに、その声に、その笑顔に、恋をしていた。初恋だった。
この想いを胸の内に留めておく気はなかった。相手の返事がどうであれ、いつか伝えようと思っていた。そう、例えば無事人理修復し終えて2017年を迎えた時、とか。年が変わった瞬間に告白なんてものも面白いかもしれない。きっと私の想いを知ったら、ドクターは頬を赤らめて狼狽えるに違いない。想像しただけで思わず笑みが浮かびそうであった。
それなのに。なの、に。
「――なんだ。やっぱり、そうなるのかい?」
私たちスタッフ総出で管制室を維持しているとき、ダ・ヴィンチ氏がドクターに問いかけた。ドクターは何か言っていたようだが、私には聞こえなかった。否、本当は聞こえていたのかもしれない。きっと、その言葉の意味を理解したくなかっただけだ。
マシュ・キリエライトの消失。サーヴァントがその場にいない今、マスター・藤丸立香はピンチ以外の何者でもないだろう。それを助けられるのは、この状況を覆せるのは――そこにいるドクターだけらしい。理屈はわからないが、その事実だけは馬鹿な私でもわかった。
「ドク、ター、」
名を呼ぶ声はひどく震えていた。ドクターはこちらを振り向いて、いつも通り、否、いつも以上にやさしい笑顔を浮かべた。そのあまりの美しさに息が止まる。何か言おうとしたはずなのに、その言葉はすっかりと頭から抜け落ちてしまった。
「ちゃん、今までありがとう」
まるで最期の挨拶のような言葉を告げて、ロマニ・アーキマンはあちら側に消えていってしまった。
△▽△
人理は修復された。私たちは無事2017年を迎えられることになった。全てが元どおりになった。――ロマニ・アーキマンという人間が消えてしまったこと以外は。
12月31日。2016年最後のこの日、職員全員は休暇を受け渡された。ダ・ヴィンチ曰く、この日くらいゆっくり休むように、と。久々の丸一日のオフ。私は食堂で朝食を取った後、同僚からの誘いを全て断って自室に戻ってきた。やわらかく真っ白のベッドに身体を沈める。すっと瞼を下ろすと、思い出すのはやはりあの人であった。
初恋だったのだ。あの笑顔が、あの声が、あの優しさが大好きだったのだ。ずっとずっと、恋をしていたのだ。随分と長い間溜め込んでしまっていたこの想いは吐き出す場所を失ってしまった。苦しくて苦しくて、ぼろぼろと涙が溢れて、白いシーツを汚した。
一体どれだけ泣いていただろうか。重たい瞼を持ち上げる。気付いたら眠ってしまっていたようで、室内に備え付けられたデジタル時計で時刻を確かめるとまもなく日付が越えようとしていた。
覚悟はもう出来ていた。きっと、あの日あの瞬間から、ずっと。私は立ち上がって引き出しの奥底にしまっておいたハンドガンを取り出す。カルデアに来る前、護身用にと両親が持たせてくれたものだ。カルデアに危険なんて及ぶわけないのに、なんて最初は思っていたが今だけはこれを渡してくれた両親に感謝した。中に弾が入っていることを確認して、以前使い方を教えてもらった時のことを思い出しながら操作する。
あの世に彼がいないことは知っていた。それでも、私はもうこの世で生きる理由を知らなかった。生きる意味がわからなかった。
ベッドにもう一度身体を沈める。先ほどと違うのは、右手に握られたハンドガンと、すっかり枯れてしまった涙腺だけ。銃口をこめかみに当て、瞳を閉じる。やはり思い出すのはあの人で、いつも通りの笑顔を浮かべていた。ふ、と小さく笑みをこぼして私は静かに引き金を引いた。
title リラン
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