星屑より甘い
「それじゃ、お疲れさまでした」
「おつかれさま、今日ほんとはお休みだったのにごめんねぇ」
「いえいえ。どうせ今日入ってた予定、無くなっちゃったんで」
眉を下げながら笑えばそのまま一礼して事務所を出る。ひやりとした空気が肌を触れ、思わず肩を震わせた。吐き出される息は白く染まり空気へと融ける。
十二月二十四日、日曜日。世間一般で言うクリスマス・イヴ。恋人たちが浮かれるその日、私は急遽バイトのヘルプに入っていた。本来なら私だって大好きな彼氏と甘い時間を過ごす予定だった。随分前からデートの約束をしていて、当日着ていく服を何日も悩んで、昨日はなかなか寝付けないくらいには楽しみにしていたデート。いざ朝起きてみたら彼氏から「ごめん、今朝急なタレコミが入ったから仕事になった」という連絡が一通。「仕事なら仕方ないね、頑張って」と短く返してベッドに突っ伏したのは記憶に新しい。その後バイト先から連絡が来て、今日昼に出勤予定の同僚がインフルエンザにかかって人手不足だということを知った。誰か入れる人いない? という店長からのヘルプに「私、出れますよ」と短く返事をして、バイトの支度をはじめたのはそのあとの話だ。
外はすっかり暗くなっていてブルーのイルミネーションが木々を着飾っていた。辺りを歩くカップルのやたら甘い雰囲気に思わず顔を顰める。本当なら、私も夏樹くんと一緒にイルミネーションを見ていたかもしれないのに。もやもやとした感情を振り払うようにぶんぶんと首を横に振る。仕事なら仕方ないのだ。むしろ、仕事を放ってまで私とデートするなんて言い出してたらきっと怒っていただろう。何事にも一生懸命な夏樹くんを好きになったのだから。……それでも、寂しいものは寂しくて。小さく息を吐き帰路へ一歩踏み出そうとしたその時。
「お疲れ、」
鼓膜を揺らしたのは、大好きな声。ぱっと振り返れば、そこにいたのは今日一日ずっと会いたかった彼で。思わず なんで、という言葉が零れる。
「昼くらいに、お前もバイトになったって連絡くれたろ。だから迎えに来た」
「いや、そうじゃなくて。仕事とか、捜査とか、どうしたの?」
「速攻終わらせてきた。早くお前に会いたくてさ」
あ、勿論捜査の手は抜いてないよ? と笑いながら手を握られる。先ほどまで外の空気に触れて冷えていた掌にじんわりとぬくもりが伝わっていく。早く終わらせようと思って終わるほど刑事の仕事は甘くないだろうに、きっと夏樹くん自身も急な出勤で疲れているだろうに。それでもこうして会いに来てくれたのがうれしくて、涙が滲み出そうになるくらい幸せな気持ちでいっぱいで。
「少し遅くなっちゃったけど。行こっか、デート」
私は返事をする代わりに、握られた掌の指を絡ませた。