マドレーヌと魔王様と私
私は何の面白みもないただただ平凡な人間だ。平民だ。なのに、なぜ私はこんなにも"彼"に気に入られているのだろうか。
「ちゃん」
「ひ、は、はい」
「こっちにおいで、一緒にお茶でもしない?」
にっこり。それはそれは素敵な笑顔で"彼"、霜月隼は笑った。こんな素晴らしいーーある意味恐ろしいーー笑みを見て断れる人はいるだろうか。いや、いない。私は恐る恐る頷いて隼さんの目の前の席に腰をかけた。隼さんは変わらずにこにことしている。
隼さんは、なぜか私のことを気に入っている。自意識過剰とかじゃなくて、誰から見てもそう思うと思う。暇さえあればこうやって私をお茶に誘うし、なにか食べ物を貰えば私に餌付けしようとしたり。とにかく私を構うのである。
「今日のお茶菓子はね、夜が作ってくれたんだ。とっても美味しいよ」
「わ、ほんとだ。美味しそう……」
机上に置かれたマドレーヌからする甘い香りが鼻腔をくすぐる。隼さんがどうぞ、というようにマドレーヌを差し出したのでひとつ手に取り口に含むと、甘い味が口内に広がった。お、おいしい。さすが夜さん、女子顔負けですよこんなの。私は思わず夢中で頬張る。
「はい、ちゃん。紅茶もどうぞ。ミルクでよかった?」
「あ、ありがとうございます」
マドレーヌを夢中で食べているうちに隼さんが紅茶を淹れてくれたようで私に差し出した。いつの間に私の好みを把握したのやら、大好きなミルクティーだった。ひとくち飲めば、甘くてあったかくてほっこりとした。
「ほら、まだマドレーヌあるよ」
「むぐ」
ぐい、と口元に差し出され二個目のマドレーヌを頬張る。もぐもぐと食べ進めれば、目の前に座る魔王様は満足げににこにこと笑った。
……本当に、こんな私に構って何が楽しいのだろうか。平民である私には理解できない。それでも楽しそうに笑う彼の表情は嫌いじゃないから、つい私は今日も彼の"お気に入り"として構われるのだ。
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