指先からはじまる
私は、人見知りが激しい方だと思う。というか、コミュ障だ。身内だったり慣れた相手だと口はよく動くけど、それ以外の人に対してはほとんど喋らない。というか、喋れない。何を話したらいいかわからなくて、どうしても沈黙してしまうのだ。相手がよく喋る相手だとしても適当な相槌しか打てなくて、上手く話を広げられない。本当は色々おしゃべりして、仲良くなりたいのに。
高校に入ってからもそのコミュ障は治ることなく、友達がいない日々を過ごしていた。一応、部活の友達が他のクラスにいるけど、毎休み時間に遊びに行くほど仲が良いかと言われると頷けなくて、結局会いに行けず、基本ひとりだ。別に寂しいわけではない。先ほども述べたように友達はいるにはいるし、ひとりの時間は意外と好きだ。本を読んだり自分の好きなことができるから。でも、クラスでひとりだけ浮いてる、という事実だけは嫌だった。私という存在がそのクラスの仲の良さを壊しているような気持ちになってしまう。でも、だからといって今更誰かと仲良くなんて出来るはずがなかった。
でも、そんな現状を、あるひとりの存在が変えてくれた。
「さん、さん。辞書もってない?」
授業中、とんとん、と小さく指先で背中をつつかれ、小声でそう聞かれた。私はふたつのことに驚いた。ひとつめ、私の名前を知っていたこと。ふたつめ、私にわざわざ話かけたこと。どうして私なんだろう、と思ったけど、彼のまわりの環境が理由を物語っていた。私の席は窓際の後ろから二番目。つまり、彼は一番後ろ。そして彼の隣の席の人は今日は生憎休みだ。つまり、私しか頼る人がいなかったのである。その事実に納得したと同時に少しだけ落胆しながら私は机の上に置かれた分厚く、凶器になり兼ねない辞書を後ろの席に置いた。
「紙の辞書でよかったら、だけど」
「大丈夫大丈夫! ありがとうね、さん!」
にかーっという眩しい笑顔を向けられ、どきっとしてしまう。思わず、彼から顔をそらすようにぱっと前を向いた。こんな無邪気な笑顔をこうやって向けられたのは、いつぶりだろうか。私のまわりにはいないタイプで、ちょっとびっくりしてしまった。
佐鳥賢。それが後ろの席の彼の名前であり、数少ない同じクラスでフルネームを覚えている存在である。佐鳥くんはボーダーとしてよくテレビで広報活動しているのを見ていて有名人だから、覚えてしまったのだ。テレビに出てる割に、クラスで媚びたりせず、ただ普通の男子高校生のようにふざけてる。それが彼の印象だった。
「さん、さっきはありがとう! すごい助かったよ」
「い、え。どういたし、まして?」
休み時間になると佐鳥くんはすぐに私に辞書を返してくれた。なんで疑問系なの、と小さく笑われる。ちょっとだけ恥ずかしくなって顔を見られないように俯く。
「あ、これお礼!」
「え、お礼なんて、別にいいのに……」
「佐鳥がお礼したいだけだから受け取って!」
手をとられ、ぎゅっと何か小さくて固いものを握らされた。なんだろう、と思って手のひらを開いてみるとそこに転がっていたのはイチゴミルク味の飴。
「イチゴミルク……」
「えっもしかして嫌い!?」
「や、違くて、その、えっとね……なんか、想像以上にかわいいなぁ、と思って」
「だって美味しいじゃん! イチゴミルク!」
甘いし元気でるし、……甘いし! と、変に勧められる。それ、勧めるポイントふたつだけなんじゃ、と気付いて思わず笑ってしまった。すると、佐鳥くんは突然黙って口をぽかん開けたままでこちらを見ていた。
「……? え、と、佐鳥くん?」
「さん、かわいいね」
「え」
「笑った顔、すげーかわいい! なんだよ、もっと笑ってればいいのに!」
「え、あ、へ?」
今度はこちらがぽかんとする番だった。かわいい?私の、笑った顔が? その言葉の意味をようやく理解して、ぼっと顔が熱くなるのを感じた。何を突然言い出すんだろう、彼は! こういうことは言われ慣れてなくて、ものすごく恥ずかしい。どこかに穴があるならば埋まってしまいたいくらいだ。
「よし、おれ決めた! さん、友達になろ!」
「え?」
「そんで、おれともっと話そ! もっとその笑顔見せて欲しい!」
「え、さ、さとりくん」
「あっ、そうだ、おれとっきーに用事あったんだ! さん、またあとでね」
驚きのはやさでどこかへと行ってしまった佐鳥くんに、取り残された私。どきどきと心臓がうるさい。もしかして、もしかしなくても。この気持ちは恋になってしまうのでしょうか。少し褒められたくらいで単純だな、私。それでも、この気持ちは嘘ではなかった。
これは、コミュ障な私とコミュ力マックスな彼との恋のおはなし。
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