秘密のワルツ
「なーにしてんの」
「翼」
ほろ酔い気分でテラスから夜空をぼんやりと眺めていたとき、ふと背後から聞き慣れた声が聞こえた。振り返ればグラスを片手にへらりと笑っている恋人の姿。珍しく畏まった衣装を身に纏っている彼は「隣いい?」とカタチだけの確認をして、私が何か言う前に隣に並ぶ。聞いた意味ないような、と思いつつも些細なことなので特に指摘はしないことにした。
「ちょっと疲れちゃって。ひとりで休憩中」
「あー、まあオマエ、こういう場苦手そうだしなあ」
「そ。そろそろ結婚しないのー、だとか、良い人いないのーだとか。顔見知りに会うたびに色々言われるしねえ」
アンタは私の親かってーの、と愚痴をこぼしながらシャンパンを煽る。
今日はお世話になっている会社の社長さんの娘──カホさんの誕生日パーティー。一度会って以来カホさんに何故か気に入られてしまった私は、社の中でもまだまだ下っ端だというのに社長さん直々に「君もぜひ」とお誘いを受け。勿論断れるはずもなく、こうして今この場にいる。彼──奥井翼も、所属しているユニット・SolidSとして色々お世話になっているらしく今日は4人揃ってお呼ばれしているとか。リーダーである篁さんや、世良さん村瀬さんと一緒に今日の主役に挨拶していたのを見たのは記憶に新しい。
「ていうか、翼は? もう挨拶回りは終わったの?」
「俺と里津花と大ちゃんはカホちゃんに挨拶だけして、あとの挨拶は俺だけで十分だーってリーダー様にほっとかれた。ま、おかげでこうしてアンタと密会もできてるんだし、ちょーどいいんだけどね?」
にやり、不敵な笑みを浮かべる翼に思わず心臓がどきんと跳ね上がる。それがなんだか悔しくて、悟られまいと私は素っ気なく「あ、そ」とだけ返した。
しん、と会話が途切れて静寂な時間が訪れる。会場の中はダンスが始まったのか、軽快な音楽が薄っすらと聞こえていて、主役のカホさんは婚約者である男性と手を取り合って楽しそうに踊っている。お似合いだなあ、と思いながらシャンパンを口に含んで弾ける炭酸を楽しんでいると翼はねえ、と声を掛けてくる。ちらり、視線だけ向けるとなんだか楽しそうな表情をしていて。
「俺たちもさ、踊らない?」
「……私が踊れるの、ソーラン節くらいなんだけど」
「なにそのチョイス」
翼はくすくす、と笑いながらも「大丈夫、俺の足に合わせてくれればそれっぽくなるから」なんて言って。わたしの手からグラスを奪い取り、フェンスの上に置いてはそのまま両の手を取る。ちょっとつばさ、と声を掛ける前に耳に入るワルツに合わせてステップを踏み始めて。ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー。必死に足元を見ながら翼に合わせてステップを踏む。最初はぎこちなかったそれも、慣れてくるとよそ見をする余裕も出てきた。顔をあげれば自然と絡み合う視線にまた心臓がうるさくなりだしたけど、それ以上に二人きりでワルツを踊るこの時間が楽しくて、アルコールが回っているせいか気分も良くて仕方がなくて。二人で時間を忘れてしまうくらい、その日は踊り明かした。