ずきずきと下腹部が痛む。全身がだるくてしんどくて、ため息を吐きながら寝返りを打つ。原因はわかりきっていて、月に一度自分が女であることを恨む期間だった。
もともと身体が強くないせいなのか、この時期はすこぶる調子が悪くなる。腹痛だけじゃなくて、熱っぽい気がするし、吐き気もするし、食欲もなくなるし。はっきり言って最悪の気分だった。ありがたいことに月渡りのみんなもこの辺は理解してくれていて、私が調子悪いのを察するとしばらく休ませてくれる。本当にやさしいひとたちの集まりだ。
その体の弱さからみんなの冒険についていくことができない私は、月渡りでの役割は炊事掃除洗濯を始めとする日常的な家事だけだった。だからこそ休むなんて本来なら言語道断なのだが、みんながやさしすぎるからついいつも甘えてしまう。
今日はちょうど二日目で一番キツい時期だったこともあり、夕飯などもそこそこに部屋に引きこもった。どんなに横たわっても、気持ち悪さも痛みも中々抜けず意識を飛ばすこともできない。少しでもこの苦しさが紛れるように何度も寝返りを打った。
一人でうんうんと唸りながら転がり続けてどれくらい経った頃だろうか。コンコン、と控えめなノックの音に、ぱっと顔をあげて視線だけ扉の方へ向けた。
「名前、起きてるか?」
「…………クロウ?」
返事を待たずとして扉を数センチだけ開けてこちらを覗き込むのはクロウだった。いつもの太陽のような明るさは鳴りを潜めていて、眉を下げながら心配そうにこちらを見ていた。のそりと横たわらせていた身体を起こす。扉の前まで歩いて出迎えようとしたが「あ、そのままで構わねえよ。しんどいだろ」と制止されてしまった。ただしんどいのは紛れもない事実だったので、お言葉に甘えてベッドからは下りずに迎え入れることにする。私の「入ってきていいよ」という言葉に、クロウはすぐにズカズカと部屋の内に入ってきて、ベッド近くに備えられていた椅子にどかりと腰かけた。その手には小さな茶袋とグラスがあって、グラスの中ではゆらゆらと水面が揺れていた。
「どうしたの、クロウ。何かあった?」
「いやさ、こないだカイ――ああ、カイってのはマギア・ゼミナールっつーギルドに所属してる魔術医師な。んで、そのカイから鎮痛剤もらったんだよ」
そう言ってずい、と紙袋を差し出す。受け取って中を覗き込もうとするとがさりと音が立った。その中には確かに、いくつか錠剤が入っていた。ぱちりと瞬きを繰り返しながら、クロウと錠剤を交互に見る。もしかしなくても、きっとこの錠剤を飲めと言っているんだろう。
「あんまりきついなら飲んだ方がいいって。今日、しんどい日だろ」
「……いいの? クロウが処方してもらったんじゃ」
「ばーか、俺に鎮痛剤なんて必要ねーって。お前のためにもらってきたんだ」
からからと笑うクロウにつられて少しだけ頬が緩んで、心臓がギュッとなる。私はクロウの、こういうあたたかいやさしさが大好きで愛おしかった。
クロウと、それから処方してくれた顔も知らぬ魔術医師のカイさんに感謝しながら紙袋から錠剤を一粒てのひらに出す。それを勢いのまま口に放り込めば、ちょうどよくクロウがグラスを差し出してくれた。そのまま受け取って中身をゴクンと飲み干す。錠剤といっしょに冷たい感覚が喉を通り越していって、気持ち悪くて不快だった身体がどこかすっきりしたような気がした。
「ありがと、クロウ」
「おう。……もう寝るか?」
「うん、そうしようかな。……ごめんね、迷惑かけて」
「迷惑なんかじゃねーよ。つーか、いつも俺らのほうが迷惑かけてんだろ。お互い様ってヤツだ」
「んふふ、そうだね、確かにそうかも。そしたら、また遺跡を壊して始末書書くことになったら手伝ってあげるよ」
「う……ふつうはそうならないことを祈っててくれるもんじゃないのか?」
「クロウたちのことだもん、どうせ祈ったところでまたやらかすよ」
「……否定できねえ」
他愛もない話を交わせるくらいには気持ちも身体も落ち着いてきた。きっと、クロウの魔法だ。この魔法にかけられるとどんなときでも穏やかな気分になって、こころが安らいで、それでいてちょっとだけ胸の奥がどきどきとする。私はクロウといるだけでそんな魔法に簡単にかけられてしまうのだ。
「……クロウ、寝る前に、ちょっとだけ手貸して」
「ん? おお」
私がおねだりをすれば何の警戒心もなくその手が差し出される。ごつごつとして男らしい冒険者の手。私はそれがクロウらしくて好きだった。少しだけ甘えたくなってしまった私はその手に自分のものを重ねる。
クロウはびっくりしてたけど、すぐに重ねられただけだった手をひっくり返して交わらせて、ぎゅっとしてくれた。じんわりと暖かさが伝わっておなじ温度になる。それがどうしようもなく幸せで、胸の内にもあたたかいものが広がった。
「クロウ」
「ん?」
「ありがとう、おやすみ」
「おう。また明日な」
結ばれた手をほどいて、くしゃりと頭を撫でてくれる。動作は豪快に見えたけど、そんな印象にそぐわず柔らかな手つきにまた優しさを感じて頬が緩んだ。
クロウが部屋を出ていくのを視線だけで見送る。さっそく鎮痛剤が効いてきたのか、それともクロウのおかげか、あんなに苦しかった身体はすっかり元気になっていた。私はもう一度だけ、ぐるりとベッド上でひっくり返る。
明日、元気になれていたらおやつにチーズケーキを焼こう。とびきり美味しい、クロウが百点満点の笑顔になってくれるような、特製チーズケーキを。クロウが喜ぶところを想像してまた一人で笑みがこぼれた。はやく明日がきますように。そう祈りながら瞼を下ろして、私は夢の世界へ旅立った。