!年齢操作、ほんのり飲酒描写があります。
すっかり火照った身体を冷ますために外へ出た。ふわふわした思考回路のまま、ちょうどよく目に入った柵にもたれかかるように腰掛ける。冷え切った空気に晒された金属のそれはとてもひんやりとしてて、思わず声が出そうになる。はふ、と息を吐くとそれは白くなって空気に融けていった。自分の中ではまだ秋のつもりだったけれど、知らぬ間にずいぶんと冬が近づいたみたいだった。
勢いで来てしまった同窓会。みんなでわいわいと騒ぐのは嫌いじゃないけど、普段はあまり飲まないくせに周りに合わせて飲み進めていたらすっかりアルコールが回ってしまった。これは少しまずいかも、と酔いながらも直感で感じ取った私は少しでも肝臓を休ませるためにこっそりと皆にバレないように抜け出してきた。
いつもなら大嫌いなはずの冷たい空気が肺を刺す感覚が、逆に心地よかった。ぼんやりと、ただただ闇に染まった空を眺める。星の見えない夜空にぽっかりと浮かぶお月さまが、なぜかいつもよりきれいに見えた。
「ここにいたのか」
「あれ。天馬くん?」
少しして──何も考えずにぼうっとしていたせいで、それがどれくらい経っていたのかわからないけれど──軽くアルコールが抜けた頃、店から一人の男が出てきた。それは先ほどまでの騒ぎの中心にいた人物のひとり、天馬司だった。
天馬くんの言いぐさはまるで私を探していたかのようで、思わずきょとんとする。そんな私に構わず天馬くんは自然と私の横に並んだ。
「寒くないのか? 今日は一段と冷えるだろう」
「んー、それが逆にちょうどよくて。ちょっと飲みすぎちゃったから、酔いを覚ましてたの」
へらり、と笑ってみせる。天馬くんは納得したようにそうか、とだけ返した。
天馬くんと私は、高校時代特別に仲が良かったわけではない。もちろん悪かったわけでもないが。ただシンプルに、三年生のとき同じクラスだった、クラスメイト。ただそれだけだ。用があれば話しかけるし、何もなければ言葉を交わすことはない。それくらいの距離感だったはず。
そんな天馬司が、何故か今私の隣にいる。それが不思議で、沈黙がなんとなく居たたまれなくて、適当な話題を探す。
「天馬くんも、酔いを覚ましにきたの?」
「それもあるが……少し息を抜きにきたんだ。あの騒がしさも嫌いではないんだが、あんまり続くと少し疲れる」
「あ、さすがの天馬くんもあの騒ぎは疲れるんだ」
「オレをなんだと思ってるんだ、名字は」
ふは、と眉を下げてゆるく笑う天馬くんに少しドキリとした。
その昔、『俺は未来のスターになるぞ!』と豪語して回っていた天馬くんだが、本当にスターになってしまったことを私は知っている。某大手劇団に入団していたり、そこで主役とまでは言わずともなかなか美味しい役をもらっていたり。私自身が熱心に追いかけているわけではないのでそこまで詳しくはないが、それでも私の耳に噂が届くくらい、天馬くんはすっかり有名人だった。
そんな天馬くんの笑顔といえば、天真爛漫だったり、自信満々だったり。とにかく快活なものばかり。というか、私の記憶にはそんな天馬くんしか残っていなかった。
だから、こんな気の緩んだような、思わず零れ落ちたようなほほえみは完全に不意打ちだった。
ドキドキと早くなる脈を誤魔化すように「そういえば!」と話を変える。
「天馬くん、今更だけど、同窓会来れたんだね。なんとなく、来ないのかと思ってた」
「む? そうか?」
「うん。こういう集まりは嫌いではないんだろうけど……劇団、忙しいんじゃないの? 稽古とかいろいろ」
「まあ、忙しくないといえば嘘になるが……せっかく旧友が集まるんだ、少しでも顔を出したいだろう」
「そういうもの?」
「そういうものだ。それに……」
ぱちり。蜂蜜を溶かしたような甘い色をした瞳が私を捉える。
「名字が来ると聞いたから、……と言ったら、どうする?」
「え」
唐突な爆弾発言に、思考が止まる。
天馬くんは、表情を変えない。口元を少しゆるめたまま、じっと私を見て返事を待っている。
数秒してからやっと脳みそが意味を理解して、カッと熱が頬を中心に広がっていく。うそ、と思わず零すと、そんな些細な言葉も天馬くんは拾い上げて「オレは嘘は吐かん」とさらに私に追い打ちをかける。
ぐるぐると脳が混乱してる。私が来るって聞いたから、天馬くんは同窓会に来た。忙しい中、時間を縫って。そんな、そんなの、まるで私に会いたかったみたいな、そんな風に捉えられてもおかしくなくて。
わけがわからない。だって、私と天馬くん、そんな仲じゃなかったはずなのに。
ドッ、ドッ、と暴れまわる心臓は中々収まらない。私は視線を地面に落として、天馬くんの顔を見ないようにした。見てしまったら、ただでさえいっぱいいっぱいな心臓が破裂してしまうような気がした。
「これは、名字さえよければだが」
天馬くんは私からの答えを聞く前に、また口を開く。返事どころではなかった私は反射的に視線だけ天馬くんへ向ける。相変わらずやさしくてやわらかくて、まるで愛おしいいのちを見るかのような表情だった。
「これから、ふたりで一緒に飲み直さないか。良い店を知っているんだ」
控えめに、嫌だったら振り払っても構わないとでもいうように、やさしくその手のひらを重ねてくる。
顔の整ったきれいな男にこんな風に迫られて、断れる術などあるのだろうか。
無論、私は知るわけもないので、天馬くんの誘いに小さく頷くことしかできなかった。
外の空気を吸って酔いは覚めたはずなのに、頬も触れた指先まで未だ熱いままだった。